他人に期待することの楽しさ

私は“超現実主義者”だって、自分ではカンペキにそう思っていて、だから可能な限り他人に期待したり、都合のイイ様に解釈する事は無い。


それは別に『自分以外のものを信じない』とかいう事ではなくて、イヤなんですよ、自分以外の存在に期待して、それがそうならなかった時の虚しさを味わう事が…。
言ってしまえば、単に“小心者”という事なのです。


そんな私でも、たまぁ〜には少しだけ他人に期待したりする事があります。
でもまぁしかし、それでさえ単なる希望的観測に終わる事が多いのですが、まぁそれはそれで良くて、それさえも無くなってしまったら、私は本当にツマラナイ男になってしまうのだと思います。


実は今チョット期待しています。
でも、やはりガッカリはしたくなくて、そろそろ引き時な頃合なのかも知れません。


思いを他人と共有する事の難しさ…。
さて、もう少し期待している時間を楽しもうと思います。